Revised Common Lectionary (Semicontinuous)
掟を使って人を騙す過ち
7 そうすると、あなた達はこう思うだろう・・・「それじゃ、過ちと掟って一緒なの?掟って過ちなの?」と・・・もちろんそんなことはない!しかし掟は過ちが何なのかを学ぶ唯一の方法なのだ。要するに、もし掟がなければ他人の物を欲しいと思って盗むことが悪いことであると誰も教えてくれない。掟ではこう言っている。 「他人の所有物を盗んではいけない」——【出エジプト記20:17; 申命記5:21より引用】 8 そして過ちはその命令を利用する方法を見つけ出した。過ちは私のものではない色んなものを欲しがらせたのだ。こうして過ちはその命令によって私に襲って来る。しかし、掟がなければ過ちは死んで無力となる。 9 掟を知らなかった時の私は無邪気だった。しかし掟が与えられた時、過ちの扉が開かれたのだ。 10 つまり、それによって私は死に導かれたのだ。掟の持っている力は私を「いのち」に連れて行くのではなく、逆に「死」へと導いたのだ。 11 過ちは私をだました。気付かないうちに私は死へと導かれていた。
12 だから掟は聖なるものであり、命令も聖なるものである。さらに正しくて良いものなのだ。 13 ということは良いものが私に死をもたらしたという意味だろうか?違う。過ちが良い命令を使って私に死をもたらすのだ!これは過ちが本当に最悪であることを示している。良い命令を使うことで、過ちの最も最悪な結果を生み出すことができるのだから。
掟の下の人生
14 私たちは掟が霊的であることを知っている。だが、私は霊的に弱い。過ちは私が奴隷であるかのように私を支配している。 15 なぜ、どうして、私がこんなことをしてしまうのか私にも分からない・・・本当にしたいと思っている良いことをしないで、逆にしてはいけないこと、憎んでいる悪を行ってしまう自分がいるのだ。 16 私がしてしまうことを本当はやりたくないものだと思うのであれば、それは掟が良いものであると同意していることになる。 17 しかし、悪いことを行っているのは、本当のところ私ではないのだ。私の内に住んでいる私ではない過ちが行なわせるのだ。 18 そう。私自身の中に良いものはない。それが私の人間的な弱さだ!正しいことをしたいのに、私はそれをしない。 19 良いことをしたい!と思っても、それをしないでしたくない悪いことをしてしまう。 20 だから、もし私が自分のしたくないことをしているのであれば、それをしているのは私ではないと言える!つまり私に住みついている過ちの力がそうさせるということだ。
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