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Revised Common Lectionary (Complementary)

Daily Bible readings that follow the church liturgical year, with thematically matched Old and New Testament readings.
Duration: 1245 days
Japanese Living Bible (JLB)
Version
創世記 50:15-21

赦しを求める兄弟たち

15 ところが兄たちは、父親が死んでしまった今、ヨセフに仕返しをされるかもしれないと、急に心配になってきました。「ヨセフにはずいぶんひどいことをしたから、まだ恨んでいて、今度こそ仕返しされるかもしれない。」 16-17 そこで、ヨセフに手紙を出しました。「実は、父さんが死ぬ前に、言い残したことがあるのです。私たちとあなたの仲を心配して、かつてのことを赦すよう言ってくれ、それだけが気がかりだ、ともらしていました。私たちはあなたの父の神様に仕えるしもべです。どうぞ、昔のことは赦してください。」ヨセフは手紙を読むと激しく泣きました。

18 兄たちも気が気ではなく、ヨセフのところに出向いて来ました。「手紙でも申し上げたとおり、われわれはあなたの奴隷です。」そろってヨセフの前にひれ伏し、恐る恐る言いました。

19 ところが、ヨセフの返事は意外でした。「そんなに怖がらないでください、兄さんたち。私だって神様ではないのですから、さばくだの罰するだのと大それたことなどできません。 20 それは、あの時はずいぶんひどいことをするものだと思いましたよ。でも、そのおかげで家族みんなが助かったではありませんか。悪意から出たことでも、神様はこのように良いことに役立てられるのです。私のような者が今日あるのもみな、神様の深いお考えがあってのことです。たくさんの人のいのちを救うためです。 21 だから、心配などしないでください。兄弟ではありませんか。今後のことは万事お任せください。悪いようにはしません。」

なんという優しいことばでしょう。

詩篇 103:1-7

103 私は心から、主のきよい御名をたたえます。
私は主をほめたたえます。
あなたがなしてくださった数々のすばらしいことを
私は決して忘れません。

主は私の罪をみな赦し、病気を治してくださいます。
地獄に行くはずのこの身を贖い、
恵みとあわれみで包んでくださいます。
私の一生は祝福で覆われ、鷲のように若返ります。
主は、不当に扱われている者を公平にさばかれます。
主はご自分の意思とご性質を、
モーセおよびイスラエルの民に知らされました。

詩篇 103:8-13

主は、虫けら同然の者をあわれみ、
優しくいたわってくださいます。
すぐにお怒りにならず、恵みと愛に満ち、
いつまでも怒りの心を持ち続けたりはしません。
10 罪の深さに応じて私たちが当然受けるべき罰を
そのまま下すこともありません。
11 神を恐れ、あがめる者には、
無尽蔵のあわれみをかけてくださいます。
12 神は私たちの罪を取り除き、
はるか地平線のかなたに投げ捨ててくださいました。
13 主は、恐れかしこむ者に対しては、
父親のように優しい思いやりを示してくださいます。

ローマ人への手紙 14:1-12

批判し合ってはいけない

14 あなたがたの仲間に加わりたいという人がいたら、たとえ信仰の弱い人であっても、心を開いて迎え入れなさい。考えが違うからといって批判してはいけません。 偶像に供えられた肉を食べてもよいかどうかで議論してはいけません。あなたがたは、偶像に供えられた肉を食べても別に悪くはないと信じているかもしれません。しかし、ほかの人たちの信仰はもっと弱いのです。彼らは、偶像に供えられた肉を食べるのは悪いとして肉を食べず、むしろ野菜を食べるほうがよいと思っています。 肉を食べてもよいと思っている人は、食べない人を見下してはいけません。また、食べない人も食べる人を非難してはいけません。神はそのどちらをも受け入れて、ご自分の子どもとしてくださったからです。 どちらも神に仕えているのであって、人に仕えているわけではありません。神に対して責任を負うのであって、人に対して責任を負うのではありません。正しいか、まちがっているかは、神がその人に教えてくださるはずです。 ある人は、神を礼拝する特別な日として、クリスチャンもユダヤ教の祝祭日を守るべきだと考えています。しかし、他の人は、どの日もみな同様に神の日なのだから、いちいちそんな面倒なことをするのはまちがっている、と言います。こうした問題については、一人一人が自分で判断しなければなりません。 もし、主を礼拝するために特別な日を守っているなら、主をあがめようとしてすることなので、良いことなのです。偶像に供えた肉を食べる人についても、同じことが言えます。彼はその肉のことで主に感謝しているのですから、正しいのです。そんな肉には触れようともしない人もまた、主に喜んでいただこうと願うからそうするのであって、感謝しているのです。

私たちは、自分のために存在しているのではなく、主のために存在しているのです。 私たちは主のものであり、生きるにしても死ぬにしても主に従うのです。 キリストが死んで復活したのは、私たちが生きている時も死んでいる時も、キリストが私たちの主となられることでした。

10 あなたがたには、自分の兄弟(信仰を同じくする人)を批判したり、見下したりする資格はありません。だれもが神のさばきの座の前に立つことを、忘れてはなりません。 11 次のように書いてあるとおりです。

「主は言われる。わたしは生きている。
すべてのひざは、わたしの前にかがめられ、
すべての舌は、神に告白する。」イザヤ45・23

12 このように、一人一人が、神の前に申し開きをすることになります。

マタイの福音書 18:21-35

21 その時、ペテロがイエスのそばに来て尋ねました。「先生。人が私に罪を犯した場合、何回まで赦してやればいいでしょうか。七回でしょうか。」

22 イエスはお答えになりました。「いや、七回を七十倍するまでです。

23 神の国は、帳じりをきちんと合わせようとした王にたとえることができます。 24 清算が始まってまもなく、王から一万タラント(一タラントは六千デナリに相当。一デナリは当時の一日分の賃金)というばく大な借金をしていた男が引き立てられて来ました。 25 その男は借金を返すことができなかったので、王は、自分や家族、持ち物全部を売り払ってでも返済するように命じました。

26 ところが、男は王の前にひれ伏し、顔を地面にすりつけて、『ああ、王様。お願いです。もう少しだけお待ちください。きっと全額お返しいたしますから』と、必死に願いました。

27 これを見て王はかわいそうになり、借金を全額免除し、釈放してやりました。

28 ところが、赦してもらった男は王のところから帰ると、百デナリ貸してある人の家に出かけました。そして、彼の首根っこをつかまえ、『たった今、借金を返せ』と迫ったのです。

29 相手は、男の前にひれ伏して、『今はかんべんしてください。もう少ししたら、きっとお返ししますから』と、拝まんばかりに頼みました。

30 しかし、男は少しも待ってやろうとはせず、その人を捕らえると、借金を全額返すまで牢にたたき込んでしまいました。

31 このことを知った友人たちが王のところへ行き、事の成り行きを話しました。 32 怒った王は、借金を免除してやった男を呼びつけて、言いました。『この人でなしめ! おまえがあんなに頼んだからこそ、あれほど多額の借金も全部免除してやったのだ。 33 自分があわれんでもらったように、ほかの人をあわれんでやるべきではなかったのか!』

34 そして、借金を全額返済し終えるまで、男を牢に放り込んでおきました。 35 あなたがたも、心から人を赦さないなら、天の父も、あなたがたに同じようになさるのです。」

Japanese Living Bible (JLB)

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