Old/New Testament
6 1 だれよりも美しい人よ。
あなたの愛する人はどこへ行ったのですか。
その方を捜してあげましょう。」
おとめ
「 2 あの方は、ご自分の庭園、香料の花壇へ行きました。
羊の群れを飼い、ゆりの花を集めるためです。
3 私は愛する方のもの、愛する方は私のもの。
あの方は、ゆりの花の間で羊の群れを飼っています。」
ソロモン王
「 4 愛する人よ。
あなたは眺めのよいティルツァ(サマリヤの東にある町)のように美しく、
エルサレムのように愛らしい。
あなたは私をとりこにした。
5 そんなに見つめないでくれ。
あなたの目に、吸い込まれてしまいそうだ。
あなたの顔にゆれる髪は、
ギルアデの山腹を跳びはねて降りて来る
やぎの群れのようだ。
6 歯は、体を洗い流したばかりの雌羊のように、
真っ白で、きれいな歯ならびだ。
7 髪の毛のかかる頬はなんともかわいらしい。
8 私には、王妃が六十人、そばめは八十人、
おとめたちは数知れずいる。
9 だが、あなたのような完全な女性は、
ただの一人もいない。
エルサレムの女たちは、あなたを見て歓声を上げた。
王妃やそばめたちでさえ、あなたをほめそやした。
10 『夜明けのように上ってきて、
月のようにおしとやかな、太陽のように明るい、
私たちを魅了してしまうこの方は、
いったいだれですか』と。」
おとめ
「 11 私はくるみ林と谷へ行ってみました。
春の訪れを知りたかったからです。
ぶどうの木が芽を吹いたか、
もう、ざくろの花が咲いたかを見に。
12 でも、いつしか生まれ故郷がたまらなく恋しくなり、
帰りたくなりました。」
エルサレムの娘たち
「 13 シュラムの娘さん、帰って来てください。
私たちのところへ戻って来てください。
もう一度、あなたの顔を見たいのです。」
おとめ
「どうして、ただのシュラムの女を、
そんなに見たいのですか。」
ソロモン王
「それは、あなたが見事な舞を見せるからだ。」
ソロモン王
「 7 1 女王のような高貴な人よ。
軽やかに歩くあなたの足はなんと美しいことか。
丸くてふっくらしたももは、
名人が磨き上げた宝石のようだ。
2 あなたのほぞは、ぶどう酒をなみなみとつぐ
器のように愛らしい。
腰は、ゆりの花をあしらった小麦の山のようだ。
3 乳房は、ふたごの子鹿のようにかわいらしい。
4 首は、象牙の塔のように形がよく、なめらかで、
目はバテ・ラビムの門のほとりにある
ヘシュボンの池のように澄んでいる。
鼻は、ダマスコを見下ろすレバノンのやぐらのように、
形がよく、筋が通っている。
5 カルメル山が山々の冠となってそびえているように、
あなたの髪はあなたの冠だ。
私は、その豊かな髪のとりこになってしまった。
6 ああ、あなたはなんとすてきな人なのだろう。
そばへ行くだけで、すっかり夢中になる。
7 あなたはやしの木のように背が高く、
ほっそりしている。乳房はなつめやしの房のようだ。
8 私は言った。やしの木によじ登って、枝をつかもう。
あなたの乳房はぶどうの房のよう、
あなたの口の匂いはりんごの香りのようであればいい。
9 あなたの口づけは、
最上のぶどう酒のようにすばらしく、
なめらかで甘く、眠っている者のくちびるを開かせる。」
おとめ
「 10 私は愛する方のもの、あの方の望みどおりの者。
11 私の愛する方、さあ、野原へ出かけ、
村にしばらく滞在しましょう。
12 早起きしてぶどう園へ行き、
ぶどうの木が芽を出したか、花が咲いたか、
ざくろの木が花をつけたかを見てみましょう。
そのぶどう園で、私の愛をあなたにささげます。
13 そこでは恋なすびが香りを放ち、
私たちの門のそばには、
古いのも新しいのも取り混ぜた最高の果物があります。
それは私の愛する方のために、
わざわざたくわえておいたものです。」
おとめ
「 8 1 ああ、あなたが私のお兄さんだったらいいのに。
そうしたら、あなたに口づけしているのを
だれに見られても笑われませんから。
2 あなたを実家にお連れして、
そこでいろいろ教わりたいことがあるのです。
また、香料を混ぜたぶどう酒、
甘いざくろの果実酒を差し上げたいのです。
3 あの方の左手が私の頭の下にあり、
私を右手でしっかりと抱いてくださるとよいのに。
4 エルサレムの娘さん、
どうか、あの方が十分に眠るまで起こさない、
と誓ってください。」
エルサレムの娘たち
「 5 愛する人に寄りかかって、
荒野から上って来るのはだれでしょう。」
ソロモン王
「あなたの母が産みの苦しみをして、
あなたを産んだりんごの木の下で、
私はあなたの愛を呼び起こした。」
おとめ
「 6 私をあなたの心に刻みつけて、
どんなことがあっても見捨てないでください。
愛は死のように強く、
ねたみは地獄のようにきびしいからです。
それは炎となって輝く、主の炎です。
7 どんなに水をかけても、
愛の炎を消すことはできません。
洪水も、それを押し流すことはできません。
たとえ全財産をはたいてその愛を買おうとしても、
買うことができません。」
おとめの兄弟たち
「 8 私たちには、まだ乳房がふくらんでいない妹がいます。
だれかが彼女に結婚を申し込んだらどうしよう。」
「 9 彼女が純潔なら、励ましてあげよう。
しかしだらしないなら、男たちから切り離そう。」
おとめ
「 10 私は純潔です。
もう乳房は成熟しています。
そのため、愛する方の目にとまり、
かわいがってもらいました。
11 王様はバアル・ハモンに
ぶどう園を持っています。
それを土地の使用人に、
めいめい銀貨千枚で貸しています。
12 でも、王様。
私のぶどう園の場合は、王様には銀貨千枚を差し上げ、
管理人には銀貨二百枚ずつを払います。
13 庭園に住んでいる私の愛する方。
お仲間は、あなたの声に聞きほれています。
私にもぜひ聞かせてださい。
14 愛する方、早く来て、険しい山の上のかもしかや、
若い雄鹿のようになってください。」
4 しかし、次の点に心をとめてください。ある父親が、小さな子どもに莫大な財産を残して死んだとします。その場合、相続人である子どもは父の全財産の持ち主ではあっても、大きくなるまで、奴隷とほとんど変わらない立場にあります。 2 つまり、父の定めた年齢に達するまでは、後見人や管理者に従う義務があるのです。
律法から自由に
3 キリストが来られるまでは、私たちもそれとよく似た立場にありました。ユダヤ教の戒律や規則によって救われると考えて、その奴隷となっていたのです。 4 しかし、定めの時が来ると、神様は自分のひとり子を、一人の女から生まれさせ、ユダヤ人として律法の下にお遣わしになりました。 5 それは、律法の奴隷になっていた私たちを買い戻して自由の身とするためであり、神の子どもとして迎えてくださるためなのです。 6 このように神様は、私たちの心に、神の子の御霊を送ってくださいました。それで今、私たちは神の子どもとして、神を「お父さん」とお呼びできるのです。 7 あなたがたも私たちも、もはや奴隷ではありません。神の子どもなのです。子どもであるからには、神の持っておられるものはすべて私たちのものです。それが神のご計画だからです。
8 ガラテヤの人たち。あなたがた外国人は、神を知らなかった時、実際には存在しない「神々」と呼ばれているものの奴隷でした。 9 ところが今は、神を知っているのに〔というより、むしろ神に知られているのに〕、どうして、もとの状態に逆戻りしたがるのですか。あの貧弱で、無力で、役立たずの教えの奴隷に逆戻りしようとするのですか。 10 あなたがたは、ある特定の日や月や季節や年についての定めを守り、それで神を喜ばせようとしています。 11 そんなあなたがたが、気がかりでなりません。私があれほど、あなたがたのために一生懸命尽くしてきたのは、全部むだだったのでしょうか。
パウロの嘆き
12 愛する皆さん。この点について、どうか私と同じ考えでいてください。私が初めて福音を伝えた時、あなたがたは私を軽蔑したりはしませんでした。 13 福音を伝えるきっかけとなったのは、私が病気になったためで、 14 その病気は人に不快感を与えるものであったにもかかわらず、あなたがたは、私を拒んだり、追い返したりしませんでした。それどころか、まるで天使かキリスト・イエスであるかのように迎え入れ、気づかってくれました。 15 あの時、お互いに味わった幸福感はどこに行ってしまったのでしょう。あなたがたは、私を助けるためなら、自分の目をえぐり出してもかまわないとさえ思ってくれたではありませんか。 16 それが今、真理を告げたために、私はあなたがたを敵に回したのでしょうか。 17 一生懸命あなたがたに取り入っている偽教師たちは、ほんとうに、あなたがたのためを思っているのではありません。ただ、もっと自分たちの取り巻きをふやすために、私たちから人々を引き離そうとしているだけです。 18 正しい動機と真実な心から親切にするなら、何も文句はありません。私がその場にいる時だけでなく、いない時にも、そんな態度を示してくれるなら、なおさらすばらしいことですから。
19 ああ、私の子どもたち。私はどんなに心配していることか。あなたがたがキリストに完全に支配される時をひたすら待ちながら、生まれて来る子どもを待つ母親のような苦しみを、もう一度味わっているのです。 20 今あなたがたのそばにいられたら、そして、こんな言い方をしなくてすんだらと、どんなにか願っています。これほど離れていては、正直言って、なすすべがないといった感じです。
21 律法を守らなければ救われない、と考えている皆さん。私のことばに耳を傾けてください。どうして律法のほんとうの意義を理解しないのですか。 22 アブラハムには二人の子どもがあって、一人は奴隷である妻から生まれ、もう一人は自由人である妻から生まれたと書いてあります。 23 奴隷である妻の子どもの誕生については、取り立てて変わった点はありませんでした。しかし自由人である妻の子どもの場合は、まずその誕生に関して、特別な神の約束が先行し、それから生まれたのです。
24-25 このことは、神様が人間を助けるために開かれた二つの道を示しています。一つは、律法を示して、それを守るようにとお命じになった道です。神様は、シナイ山でこの道をお示しになりました。その時、モーセに「十戒」をお与えになったのです。アラビヤ人はこのシナイ山を、「ハガル山」と呼んでいます。ここでアブラハムの奴隷である妻ハガルは、戒めに従うことによって神に喜ばれようとする生き方の象徴、ユダヤ人の母なる都エルサレムを表しています。そして、この生き方に従うユダヤ人は、すべてハガルが産んだ奴隷の子どもなのです。 26 しかし、私たちの母なる都は天にあるエルサレムで、それは律法に属していません。 27 イザヤの次の預言は、このことを言おうとしたのです。
「喜べ、子のいない女よ。
喜びの声をあげよ、子を産んだことのない女よ。
あなたに多くの子を、
女奴隷の子より多くを授けよう。」(イザヤ54・1)
28 愛する皆さん。あなたがたも私も、イサクと同じ、神の約束に基づく子どもです。 29 約束の子イサクは、奴隷である妻の子イシュマエルにいじめられました。とすれば、聖霊によって生まれた私たちが、律法を守るように強要する人々から迫害されるのもうなずけます。
30 しかし聖書には、神様がアブラハムにこう言われたと記されています。「奴隷である妻と子どもを追い出せ。その女の子どもは、自由人である妻の子どもといっしょに、アブラハムの跡継ぎにはなれない。」(創世21・10、12) 31 愛する皆さん。私たちは、律法に縛られた奴隷の子どもではありません。信仰によって神に受け入れられる、自由の女の子どもです。
Copyright© 1978, 2011, 2016 by Biblica, Inc.® Used by permission. All rights reserved worldwide.