Beginning
再びエジプトへ
43 この地のききんはひどくなる一方でした。カナン地方を覆い尽くし、少しも衰えを見せません。 2 エジプトから買って来た穀物も底をつきました。「ご苦労だが、また買いに行ってもらわなければならないな。」父親は息子たちに言いました。
3-5 しかし、ユダが口をはさみました。「忘れたのですか、お父さん。『弟といっしょでなければ来てはならない』とあの人が言ったのは、決してただの脅しではないのですよ。ベニヤミンがいっしょでなければ、あそこへは行けません。」
6 「ああ、なぜおまえたちは、弟がもう一人いるなどと言ってしまったのだ。私をこんな目に会わせおって。」
7 「あの人が家族のことをしつこく聞くので、しかたがなかったのです。お父さんが元気かどうか知りたがっていたし、ほかに弟はいないのかと尋ねるものだから、『いる』と答えたのです。『その弟を連れて来るように』などと言われようとは、夢にも思わなかったのです。」みな口々に弁解しました。
8 その時ユダが言いました。「ベニヤミンを連れて行かせてください。お願いします。今すぐに出かけなければ、家族みんなが飢え死にします。私たちばかりか、お父さんや子どもたちまで……。 9 弟の安全は私が保証します。万一のことがあったら責任を負います。 10 初めからお願いしたとおりにしてくだされば、その間に二回は穀物を持ってエジプトから帰っているはずですよ。」
11 とうとうイスラエルも承諾しました。「どうしても連れて行くのなら、せめてこうしてくれ。ろばにこの国の最良の産物を積むのだ。その総理大臣とやらへの贈り物にな。香油、はちみつ、香料、没薬、くるみ、アーモンドなどを持って行くといい。 12 代金の二倍の銀を持って行きなさい。この前、袋の口にあった銀も持って行って返すのだ。あれはきっと、何かの間違いだったのだろう。 13 さあ、弟を連れて行きなさい。 14 その人の前に立つ時、全能の神様が守ってくださり、シメオンが自由にされ、ベニヤミンも無事に帰れるように。もし、この二人が死ぬことにでもなったら……それもしかたあるまい。ただじっと耐えるだけだ。」
15 彼らは、贈り物と二倍の代金を持ってエジプトのヨセフのもとへ出かけました。 16 今度はベニヤミンもいっしょです。ヨセフはそれを見るとすぐ、家の執事に命じました。「この人たちは昼食を私といっしょにする。家へお連れして、盛大な宴会の用意をしなさい。」 17 執事は言われたとおり、一同をヨセフの屋敷へ案内しました。 18 びっくりしたのは兄弟たちです。まさか、ヨセフの屋敷へ連れて行かれようとは思ってもみなかったので、どうなることかと心配でなりません。思い当たることを、お互いにひそひそ話し合うばかりです。「これはきっと、袋に返してあったあの銀のせいだぞ。あの銀を盗んだとでも言うつもりだろう。言いがかりをつけてわれわれを捕まえ、奴隷にしようっていうのだろう。ろばから何から、全部取り上げる魂胆だな。」
19 そうこうするうちに屋敷の入口に着きました。ぐずぐずできません。彼らはすぐ執事のところへ行きました。 20 「折り入ってお話があるのですが。この前、食糧を買いにこちらへまいりまして、 21 帰る途中、ある所で夜を過ごしたのです。ところが、袋を開けてみると、代金としてお支払いしたはずの銀が入っておりました。これがその代金です。お返ししようと持ってまいりました。 22 今回の分は、別に用意してあります。あれ以来、どうしてこれが袋の中にまぎれ込んでしまったのかと、みなで首をひねっておりました。」
23 「ご心配には及びません。代金は確かに頂きましたよ。きっと、あなたがたの神様、つまりあなたがたのご先祖の神様が、入れておかれたのでしょう。不思議なこともあるものです。」こう言うと、執事はシメオンを釈放し、兄弟たちのもとへ連れて来ました。
24 彼らは屋敷に招き入れられ、足を洗う水を与えられました。ろばの餌ももらいました。 25 昼にはヨセフが戻って来るということです。彼らはすぐに贈り物を渡せるよう、抜かりなく用意しました。何でも、昼食をいっしょにするらしいのです。 26 ヨセフが戻って来ると、彼らはていねいにおじぎをし、持って来た贈り物を差し出しました。
27 ヨセフはみなにその後のことを尋ねました。「で、おまえたちの父親はどうしているのだね。この前も聞いたが、まだ達者なのか?」
28 「はい、おかげさまで元気でおります。」そう言って、もう一度おじぎをしました。
29 ヨセフは弟ベニヤミンの顔をじっと見つめました。「これが末の弟か。そうか、この子がなあ。どうだ、疲れてはいないか? あなたに神様の恵みがあるように。」
30 ここまで言うのがやっとでした。あまりのなつかしさに胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてきたのです。あわてて部屋を出て寝室に駆け込み、思いきり泣きました。 31 泣くだけ泣くと、顔を洗い、何事もなかったように彼らのところへ戻り、感情を押し殺して、「さあ食事にしよう」と言いました。 32 ヨセフは自分のテーブルで食事をし、兄弟たちは別のテーブルです。またもう一つのテーブルには、エジプト人が座りました。エジプト人はヘブル人(イスラエル人)とはいっしょに食事をしなかったからです。 33 ヨセフは一人一人に、どこへ座るか指示しました。一番上の兄から始まって末の弟まで、きちんと年の順になっています。みなはびっくりしました。 34 料理は主人であるヨセフのテーブルからみなに配られ、ベニヤミンには特別たくさん与えられました。ほかの兄弟の五倍はあります。一同はぶどう酒をくみ交わし、とても楽しい酒宴となりました。
銀の杯
44 さて、いつまでもそうしてはいられません。出発のしたくにかかる時です。ヨセフは執事に、それぞれの袋に穀物を詰められるだけ詰めるよう命じました。そのうえ、袋の口には、また代金を戻しておいたのです。 2 ベニヤミンの袋には、代金のほかにヨセフの銀の杯も忍ばせました。 3 兄弟たちは朝早く起き、荷物を積んだろばを連れて出発しました。
4 一行が町を出るころを見はからって、ヨセフは執事に命じました。「あの者たちのあとを追って捕まえろ。そして、あれほど親切にもてなしたのに、なぜひどいことをするのか、と問いつめるのだ。 5 『主人の銀の杯を盗むとはいったい何事か。あれは占いに使う主人の大切な物だ。恩知らずもはなはだしい!』と言うのだ。」 6 執事は一行に追いつき、言われたとおり彼らを責めました。
7 彼らも黙ってはいません。「ばかばかしい。ひどい話じゃありませんか。とんでもない言いがかりです。われわれを何だと思っているのですか。 8 この前の銀だって、ちゃんと返しに来たのに。ご主人の家から銀や金を盗むはずがないではありませんか。 9 もし、その杯が見つかったら遠慮はいりません。犯人はどうぞ処刑してください。ほかの者も、一生涯ご主人様の奴隷になりましょう。」
10 「それはけっこう。だがそこまでしなくても、盗みの張本人だけ奴隷になればすむことだ。ほかの者は帰ってよい。」
11 すぐさま袋をろばの背から下ろし、一つ一つ開けさせて、 12 調べ始めました。一番上の兄の袋から始めて、だんだん末の弟まで調べていきます。とうとうベニヤミンの番になりました。口を開けると、どうでしょう。信じられないことですが、杯が入っていたのです。 13 彼らは一瞬、目の前が真っ暗になりました。みなは絶望のあまり服を引き裂きました。ろばにまた荷物を載せ、エジプトの町までとぼとぼと引き返すよりしかたありません。
14 ユダと兄弟たちが戻ると、ヨセフはまだ家にいました。彼らはヨセフにひれ伏しました。 15 ヨセフは言いました。「いったいどういう了見だ! 盗みをすれば、すぐにわかるのだぞ。」
16 ユダが恐る恐る答えました。「ああ、どう申し上げたらよろしいのでしょう。申し開きもできません。私たちは無実です。ですが、どうすればそれをわかっていただけますでしょう。きっと神様が私たちを罰しておられるのです。いくらなんでも、弟一人を置いて行くわけにはいきませんので、兄弟みんなで戻ってまいりました。どうぞ私たちを奴隷にしてください。」
17 「それは許さん。杯を盗んだ者だけが奴隷になればよい。ほかの者は国の父のもとへ帰れ。」
18 その時、ユダが一歩前に進み出ました。「恐れながら、ひと言申し上げます。お怒りにならずに聞いてください。閣下は王様と同じように、今すぐにでも私を処刑することができるお方だということは、よく承知しております。
19 この前の時、父親や弟がいるかとのお尋ねでしたので、 20 私どもは正直に申し上げました。『はい、おかげさまで父は健在です。それから年寄り子の弟がいます。末の弟です。その上にもう一人、母親が同じ弟もいたのですが、ずっと前に死んで、この子だけが残りました。そんなわけで、父はその子を目に入れても痛くないほどかわいがっているのです。』 21 それを聞いて閣下は、『ぜひその子に会いたい。ここへ連れて来るように』とおっしゃいました。 22 私たちは困って、『あの子は父親のもとを離れることはできません。そんなことをしたら、まるで父のいのちを縮めるようなものです』と申し上げましたが、 23 お聞き入れにならず、『いや、ならん。その末の弟を連れて来なければ、二度とここへは来るな』とおっしゃったのです。 24 私どもは戻って、そのとおり父に申しました。 25 このたび、『またエジプトへ買い出しに行ってくれ』と言われた時も、 26 『末の弟もいっしょにやってください。でなければ行けません』と頼みました。 27 すると、父はこう申すのです。『おまえたちも知っているとおり、ラケルの息子は二人いた。 28 だが兄のほうは、ある日出かけたっきり帰って来ない。野獣にかみ殺されたに違いない。 29 それなのに、今度は、たった一人残った弟まで取り上げようというのか。万が一にもあれの身に何か起こったら、私は悲しみのあまり死んでしまう。』 30 そこへ今度の出来事です。もし弟を連れ帰らなければ、どうなるでしょう。父は決して大げさに申しているのではありません。 31 弟が戻らないと知ったら、ほんとうに死んでしまいます。老い先短い父を悲しませるにしのびません。父が死んだら、責任は私どもにあるのです。 32 私は、わが身に代えても弟を守ると父に約束しました。 33 そこでお願いがございます。弟の代わりに私が奴隷になりますから、弟はほかの者といっしょに帰してください。 34 弟を連れずに、どうしておめおめと父のもとへ帰れましょう。」
ヨセフと兄弟たちの和解
45 ヨセフはもうこれ以上自制できなくなりました。「みな、下がっていなさい!」と大声で、そばで仕えている者たちに命じました。あとには、兄弟たちとヨセフだけが残りました。 2 そのとたん、ヨセフはこらえきれなくなって、あたりはばからず泣きだしました。泣き声は屋敷中に聞こえ、その知らせがすぐ王宮にまで伝えられるほどでした。
3 「兄さん、ヨセフですよ。ほら、よく見てください。お父さんは元気ですか。」びっくりしたのは兄弟たちです。あまりのことに口をきくこともできません。
4 「さあ、そんな所にいないで、ここへ来てください。」そう言われて、彼らはそばに寄りました。
「お忘れですか。ヨセフですよ。あの、エジプトへ売られた弟ですよ。 5 だけど、そのことで自分を責めないでください。神様のお取り計らいだったのです。私がここへ来るようにしたのも、ほんとうは兄さんたちでなく神様なのです。こんなふうに兄さんたちを助けることができるようにしてくださった。 6 もうこれで丸二年もききんが続きましたが、まだまだ収まりません。あと五年はこのままです。その間は種まきもできないし、収穫もありません。 7 それでも私たち一族が滅びず、やがて大きな国になることができるように、神様が先に私をここに遣わされたのです。 8 ですから、決して兄さんたちのせいではありません。神様のお導きです。神様は私を王の顧問にし、この国の総理大臣にしてくださいました。 9 さあ、急いでお父さんのところへ帰り、伝えてください。『ヨセフは無事で、こう申しております。「神様が私をエジプトの総理大臣にしてくださいました。すぐこちらへ来てください。 10 ゴシェンの地に住んでいただきます。子どもや孫を引き連れ、家畜をはじめ全財産を持って来てください。そうすれば、また近くに住むことができます。 11-12 いっさいの面倒は私が見ます。ききんはまだ五年も続くのですから、もしエジプトに来なければ、一族は飢え死にするしかありません。」』私にお任せください。約束します。兄さんたちが証人です。それにベニヤミンも。 13 とにかくお父さんに、そう話してください。私がエジプトでどんな権限を与えられているか、何でも命令できる立場なのだということを伝えてください。お願いです。早くお父さんの顔が見たいのです。」
14 こう言うと、ヨセフはベニヤミンを抱きしめて涙にくれました。ベニヤミンも泣きました。 15 彼はほかの兄弟一人一人にも同じようにしました。その時になって、ようやく兄弟たちは口がきけるようになりました。
16 やがて王に、「ヨセフの兄弟たちがエジプトに来られた」と知らされ、王も役人たちも喜びました。 17 王はヨセフに言いました。「兄さんたちに伝えてくれ。荷物を家畜に載せて早くカナンの家へ帰り、 18 改めてお父上と家族ともどもエジプトへ来るようにと。ぜひエジプトに住んでもらわねばならん。『王がエジプトで最良の土地を用意いたします。その土地の豊かな収穫で生活してください』と伝えるのだ。 19 兄さんたちには、エジプトから荷馬車を持って行ってもらおう。婦人や子ども、ご高齢のお父上をお連れするのに役立つだろう。 20 財産の心配はいらない。エジプトの最良の土地が手に入るのだから、置いて来ても惜しくはないだろう。」
21 ヨセフは王の命によって、荷馬車と旅に必要な食糧を兄たちに与えました。 22 一人一人に新しい服を渡し、ベニヤミンには特に五着も渡したうえに、銀貨三百枚を与えました。 23 父親には、エジプトの珍しい産物を積んだろば十頭と、穀物や旅に必要な食糧を積んだ雌ろば十頭を贈り物としました。 24 これで、すっかり準備は整いました。
「途中で言い争いなどしないでください」と、ヨセフは兄弟たちに言って送り出しました。 25 こうして一行は出発し、カナンにいる父ヤコブのもとへ帰りました。
26 「お父さん! ヨセフが、ヨセフが生きていたのです。それも驚くではありませんか、エジプトの総理大臣なのです!」一同は、帰るとすぐさま父のところへ飛んで行き、勢い込んで知らせたのに、ヤコブはうれしそうな顔ひとつしません。今さらそんなことが、どうして信じられるでしょう。 27 しかし、細かく話を聞くと、どうもほんとうらしいのです。ヨセフの言づても聞きました。それに、エジプトに迎えるために送ってよこした荷馬車も見ました。夢ではないのです。父のヤコブは急に元気が出てきました。 28 「ほんとうだ。間違いない。ヨセフは生きている。私は行くぞ。死ぬ前にどうしてもひと目会いたい。」
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